日本人のキャラクター
太平洋戦争が始まり、敵国である日本人の特徴を知るために米国政府主導で文化的、歴史的側面から日本人のキャラクター分析が実施された。
その研究チームの中心にいたのは文化人類学者であるルース・ベネディクトである。
彼の著作の中にはあの有名な「菊と刀」がある。
この本によると、米国がキリスト教を中心とした厳格な「罪」の意識が民族の行動規範となっているのに対して、日本人の場合は集団生活の中での「恥」の意識が行動の中心にあるという。
こうした両国の意識の違いは、今話題となっている捕鯨問題に顕著に表れている。
日本人の立場としてはかつて日本同様に捕鯨をおこなっていた米国人が、捕鯨問題に口を出すということは自分たちの行為を省みず、実に「恥ずかしい」ことだと考えるが、一方で米国人の立場からしてみればそうした過去の経歴はどうでもよく、日本人は今リアルタイムで「罪」を犯しているからけしからんと考えるわけである。
こうした「罪」と「恥」の違いはライブチャットにおいて、動画が発揮するエロスの違いでもある。
欧米人のポルノグラフィティ―が多くの日本人にとって退屈で抜けないのは、彼らに「恥」の意識が見られないからである。
服を脱ぐ際も堂々と衣服をはぎ取り、あけすけに乳をドーンと出されては、どこか冷めてしまうだろう。
一方で日本人女優たちのいじらしいことよ。
セフレであっても、いざという時には恥じらいがある。
服を脱ぐときも、愛撫されているときも、挿入されてからも、どこかに「私・・・そんなこと・・・やめて・・」という恥らいが見られ、その姿が男たちの加虐的欲求に火を付け股間を熱くするのである。
